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2006-10-12

(7)高松藩祖 松平頼重(よりしげ) 英公(えいこう)

一、生い立ち

 徳川家康の孫すなわち家康第十一男徳川頼房の長男で、同腹の弟に水戸藩主徳川光圀がいる。

 同腹の兄弟は、互いに子息を相手側に養子にやり相続している。

 頼重の母は、水戸家家臣谷重則の息女「久」のちの高瀬局。お久が身ごもったとき頼房は、兄の徳川義直(尾張)徳川頼宣(紀伊)の両者に子がなく自分も二十才の若さであったため、久の子を水にするよう指示したが、家臣の三木氏は頼房準母の英勝院に相談し、自分の別邸で出産させ、竹丸と命名され秘密裏に育てられた。

 のちに頼房が、二十六才のとき、久は再び懐妊、間もなく長丸(光圀)を出生するが、家臣の三木は、竹丸のことを気づかれるのを恐れ、京都の公卿滋野井大納言に預ける。

 京都では、天竜寺塔頭真乗院や慈済院に学問し、福寿院という無住寺で生活した。この天竜寺での生活が、頼重の人格形成に大きい影響を与えたと思われる。

 その後、十一才(1632)の時水戸から迎えが来て、水戸藩邸に入ったが実父の頼房と対面するのは、五年後のことでその時八十郎と名乗った。

 翌1638年八十郎は、頼房の長子として老中に挨拶、御三家の尾張・紀伊家とも対面し、右京太夫と名乗り江戸城に登城、三代将軍家光に拝謁した。翌年、常陸国下館五万石を賜り大名となり、松平頼重と名乗る。

 こうしているうちに讃岐生駒氏が、お家騒動で改易になり1642年頼重は、讃岐国で十二万石を与えられる。

二、高松での政治(主なもの)
 治水と利水
    -1644年に土管・木樋・竹樋を使った日本初の上水道の敷設。
    -城池(東植田町)、仁池(飯山町)、新池(香川町)、宮奥池(白鳥町)など多く のため池を造る。
    -高松東部の松島から潟元を干拓、新田を造る。

 寺社の再興
    -法然寺を建立、金刀比羅宮、白鳥神社と共に朱印地とする。
 


その他
 和歌を好んで作り、後水尾天皇の知遇を得て、歌稿の御校閲を賜り、公卿などとも歌詠応答を楽しんだ。
 国学と神道に通じた猪熊千倉を京より招き白鳥宮の神官とした。
 水戸の朱子学派の儒学者岡部拙斎を招いて講義を聴かせた。

初代、松平頼重 生没年:1622-1695
父:常陸水戸藩初代藩主 徳川頼房
幼名:竹丸、八十郎
1639-1642 常陸下館藩主
1642-1673 讃岐高松藩初代藩主
1656 従四位下権少将
1656 左京大夫
讃岐守
正室:(父:土井利勝)
綱方(義父:常陸水戸藩二代藩主 徳川光圀
1656-1718 徳川綱條(水戸徳川家へ)
頼剛
頼侯
頼芳
糸(有馬頼利室)
長(従一位関白 鷹司兼熙室)

娘(肥後熊本藩三代藩主 細川綱利室、父:常陸水戸藩初代藩主 徳川頼房
1652-1704 (養子)頼常

頼重も、大干魃を契機に、溜め池四百余を築いたり、海岸の埋め立てで新田を干拓するなど農村経営の安定に努め、高松城下町を整備して上下水道を敷設したり、侍屋敷を拡充し、高松城普請を行うなどして高松藩体制を確立した名君でした。また理兵衛焼や保多織(ぼたおり)を創始させ、千利休の曾孫で武者小路千家の租となった千宗守を召抱えるなど茶道に精通し、和歌もたしなむ文化人でもありました。
高松藩の時代、武者小路千家の開祖・宗守が松平家の茶頭になっています。宗守は最初、陽明家(ようめいけ)(近衞家(このえけ))に仕え、その後71歳のときに瀬戸内海を渡り初代高松藩主松平頼重に茶道指南として召し抱えられています。その縁によりその後歴代武者小路千家家元は、明治維新による廃藩置県が実施されるまで讃岐高松藩の茶道指南をつとめました。
 松平家の別宅のあった栗林荘(現在の栗林公園)では重臣達を招いた御茶会が催されていました。現在も栗林公園内には、日暮亭(ひぐらしてい)という松平家ゆかりの茶室が残っています。
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tag : 徳川家康 徳川頼房 徳川光圀 滋野井大納言 松平頼重 上水道 朱印地

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初代 松平頼重(1622~1695)
父: 常陸水戸藩主 徳川頼房(1603~1671)
母: 久昌院 お久(高瀬局)(谷重則女)
幼名: 竹丸
諡号: 英公
院号: 竜雲院
正室: 晧月院 お万の方(土井利勝女)
長男 綱方(松千代、初名:頼世)(水戸徳川光圀養子)(1648~1670)
次男 綱條(采女)(常陸水戸藩3代藩主)(1656~1718)
側室: 松野
五男 頼侯(萬吉)
側室: 樋口氏
長男 頼豊(軽千代)(3代藩主)(1680~1735)
側室: 母追跡中
三男 頼剛(頼母)(? ~1699)
六男 頼芳(千松)
長男 頼煕(志摩)(4代藩主頼恒実父)
糸姫(清涼院)(有馬頼利室)
長姫(願証院)(鷹司兼煕室)
万姫
彦姫(慈照院)(大久保公卓室)

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