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2006-10-19

(16)八代藩主 松平頼儀(よりのり)襄公

一、生い立ち

 六代藩主松平頼真の子として高松で生まれ、十一才で七代藩主頼起の世子となる。
 十八才で藩主となり、二十九年間に十六回の干ばつを経験し、特に就封ご七年間は連続して干ばつがあり、その上江戸屋敷まで炎上するという災害に取り付かれたような殿様でした。

二、藩政

 頼儀は生来学問好きのうえ律儀な性格で、在職中は善政を施し、塩と砂糖という地場産業の振興に心血を注いだ。いわゆる讃岐の基幹産業の『讃岐二白』の基礎固めをした功績は大きい。これで藩の台所が潤うわけであるから、藩主も農民の年貢だけに収入を頼るところから、新しい収入の道を探り出していった。

 藩主となった年に住んでいた小石川の中屋敷と上屋敷が炎上その飛脚が西下しているとき、高松からは頼起重体そしてご逝去の訃報がある。また、二十一才の時、加賀前田家の養女藤姫と婚儀を挙げるが、二年後に他界される。まさに不幸の連続であった。

 そんななか頼儀は、在職中は領民をいたわるというやさしい理想的な封建時代の殿様とは思えない温情ぶりでした。

 学問好きの頼儀は、城内西の丸に学問所を創設、岡井赤城・後藤弥右衛門(芝山の長子)を教授に迎えた。当時江戸では、寛政の三博士と謳われた讃岐出身の柴野栗山が活躍していた。讃岐の良寛といわれた志度寺の竹林上人がなくなったのもこの頃です。

 頼儀は学問好きだったせいか、周辺にも知的な人々がよく集まっていた。後年、藩政に名家老として敏腕をふるった木村亘(黙老)が近習として仕え、民間にも塩の生産に心血を注いだ久米栄左衛門(通賢)、砂糖の生産に苦労をした向山周慶らです。これら有能な人材を躊躇することなく、重要な役に起用したとかろに頼儀の見識の高さがありました。

 久米栄左衛門は、幕府の測量方の伊能忠敬が讃岐入りするより前に新しい三角測量法で讃岐の地図を作っておりその精巧さに伊能忠敬も驚いたといいます。また、師の間重富から当時の日本の政情を聞き、兵法に関心を持ち古来の水軍の戦法を近代化した「戦船作積覚」を著し、火縄銃を雷管式の近代銃に改良したり科学者の面目を遺憾なく発揮しました。そして、砂糖為替制度の導入や坂出の塩田開発も久米栄左衛門の仕事です。

 向山周慶は、白糖の生産に血のにじむような努力を傾け、ついに精糖に成功、大坂の市場で『讃岐和三盆糖』の名声をゆるぎないものにしていった。

東浜の埋め立てとそこに問屋街をつくり、京・大坂との物産交流の拠点としたのもこの頃です。さらに流通・生産業者には藩から低利で資金の貸付を行ったため、城下には活気が戻り、人々の表情も明るくなった。

 しかし、水戸家から藩主が来ていないことで幕府に忠誠を示すため、十四万両も投じた屋島東照宮の造営、仁孝天皇即位の大礼に幕命により参賀、孫の頼胤(十代藩主)と将軍家の文姫の婚約など多額の出費がかさんだ。

 華やかな生涯を終えた藩主であった。(五十五才)


讃岐名物『あんもち雑煮』のお話 
 讃岐の富の象徴【讃岐三白】の白砂糖は、最盛期には全国の8割を占めていました。ところが砂糖は、藩の重要な財源であったため地元庶民の口には、入らないのが現状でした。

 頼儀公はそんな庶民(御用商人?)に「ご禁制にしているの砂糖だけれどお正月くらいは砂糖を味わってほしいが、日頃は食することを禁じている為“あんもち”にして配り、白味噌仕立ての雑煮に隠して食べなさい。」とくだされました。

 讃岐名物のあんもち雑煮は、領民を愛し、領民に愛されたお殿様からのプレゼントが発祥だったのです。

 殿様がご商売なされるご時世だ。これからは町人が馬に乗り槍をもつ時代が来る!と風刺するものが出たそうです。


八代、松平頼儀 生没年:1775-1829
父:讃岐高松藩六代藩主 松平頼真
義父:讃岐高松藩七代藩主 松平頼起
幼名:雄丸
1792-1821 讃岐高松藩八代藩主
1817 従四位上権中将
正室:藤(父:加賀金沢藩十代藩主 前田重教、義父:加賀金沢藩十一代藩主 前田治脩)
正室:(父:備前岡山藩五代藩主 池田治政)
側室:藤木氏
1809-1868 頼該 (左近)
1810-1877 頼胤
頼顕
忠民
娘(井伊直亮室)
娘(讃岐高松藩九代藩主 松平頼恕室)
娘(板倉勝明室)

1798-1842 (養子)頼恕
松平頼該 生没年:1809-1868
父:讃岐高松藩八代藩主 松平頼儀
松平左近 妻:
娘(義父:讃岐高松藩九代藩主 松平頼恕)

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ジャンル : 地域情報

tag : 頼儀 柴野栗山 木村亘 久米栄左衛門 向山周慶 伊能忠敬 三角測量法

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8代 松平頼儀(1775~1829)
父: 6代藩主 松平頼真(1743~1780)
母: 即就院 中山ハナ
幼名: 雄丸
諡号: 襄公
院号: 溶徳院
正室: 順正院 藤姫(前田治脩養女)
継室: 円浄院 晴姫(池田治政女)
側室: お時(藤木氏)
四男 頼胤(雄丸)(10代藩主)(1811~1877)
側室: 母追跡中
長男 頼該(宮脇公、左近)(1809~1868)
三男 頼顕
長女 常陸宍戸藩主松平頼徳室
五男 本多忠民(豊徳院、三河岡崎藩主)(1817~1883)
倫姫(賢正院)(9代藩主松平頼恕室)
律姫(前田斉泰婚約者)
板倉勝明室
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